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徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

書評『知性について 他四篇』

あらすじ   著:ショーペンハウエル
ショーペンハウエル(1788‐1860)の主著『意志と表象としての世界』以上に愛読された『付録と補遺』の一部。該博な教養を模範的な散文に盛りこんだこの人生の箴言集は、哲学の専門領域を越えた書として広く読まれる。ドイツ観念論の体系的構築をしりぞけて、世界はすべて盲目的意志なりと説いた厭世的哲人の透徹した観察と辛辣な表現。 

 

 収録内容として「哲学とその内容について」「論理学と弁証法の余論」「知性について」「物自体と現象との対立についての二十三の考察」「汎神論について」の五篇。

 すべてを理解することはできなかったので 比較的理解できた三篇を中心に書きます。哲学者とは、自分がそもそも人間であることそしてそこからどのような思想体系を導くかということに関心を寄せる少数者のことです。ここで賢者と凡人を隔てるのがいかなる知性であるか、すなわち知性はただ意志に従うか意志を超えるのかです。意志を超える知性を持つとき個別具体のものから普遍を導きどのようなものからでも新たな一面を見出します。そのためこの段階に至ったとき退屈から解放されます。

 議論にて必要なことは、お互いの知力・才気が対等であることです。もし知力が欠けたら議論の内容を理解できないばかりか誤った方向に進み才気が欠けてもより高次の結論に至ることができないのでどちらも不可欠です。

 哲学に限らずあらゆる分野で天才は、生前に正当な評価を得ることは困難です。卓越した知性から結晶化したものが作品であるので同時代の普通の人々がその価値を正しく理解することができずいくぶん時代を経てから正当な評価を受けます。そしてその作品は後世まで傑作として継がれます。ここで思い出したのが宮沢賢治です。今では教科書に載って知らない人はいませんが生前は注目されていましたが作品はあまり発表せず死後にはじめて全集その他著作が刊行されました。

 一度読んだだけでは完全には理解することができなかったのでもう一度読み直したいです。知性のない人々への辛辣な表現が心に刺さり、これからは知性を働かせていきたいです。

 

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