徒然なるままに読書

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戦争を支える補給 書評『補給戦―何が勝敗を決定するのか』

あらすじ      著:マーチン・ファン クレフェルト
ナポレオン戦争から第二次世界大戦ノルマンディー上陸作戦に至るまでの代表的な戦闘を「補給」という観点から徹底的に分析。補給の計画、実施、戦闘への影響を、弾薬、食糧等の具体的な数値と計算に基づいて説明し、補給こそが戦いの勝敗を決するということを初めて明快に論じた名著。待望の復刊。

 どんな本か?

 戦争や軍事行動をするにあたりまず考えなければならないのが,その作戦は補給という観点から見て達成できるか否か。補給の重要性を論じつつ,人口に膾炙する誤った見解を正す。

 

概要 

 1 兵站

 兵站術とは,「軍隊を動かし,かつ軍隊に補給する実際的方法」と定義される。軍事作戦に関係なく兵士が一日を満足に活動できるよう一人当たり3000キロカロリーが必要になる。そのため食糧を十分に前線に送ること,そして戦争なのだから弾丸や火薬など軍事物資も作戦の遂行に必要な量を送らなければならない。この物資の運搬が補給となり,本書が書かれるまで軽視されていた要素である。

 

2 補給方法

 補給の方法として大まかに二つある。現地調達と後方からの運搬である。19世紀までは軍需倉庫などが考案されてもなお現地調達が主流だった。現地調達では作戦目的地に到着するまでに先々の村で宿泊したり食糧を奪ったりして進軍する。進軍した後は村が荒廃することも多かった。18世紀ごろから兵士が増加し(ナポレオンのロシア侵攻では70万)一カ所に留まっては兵士や馬の食糧を賄うことができないため絶えず進軍することが必要となった。後方からの運搬でも人員をすべて賄うだけの量の食糧や弾丸を確保し運搬することは困難であり,また運搬でも進軍と同スピードで進むこともできなかったので必然的に現地調達となった。

 20世紀になっても補給は現地調達と後方からの運搬が併存していた。しかし第一次世界大戦で大きな変化を迎えることとなった。弾丸の使用量が急激に増加したため携帯できた量や各地で保管できた量をはるかに超え現地調達では賄えなくなり,後方からの運搬を頼るしかなくなった。後方からの運搬は進軍の速さより遅く,大量の物資を運ぶため進軍より遅いが,現地調達も困難なために必然的に一カ所に留まることになった。留まらず進軍すると弾丸切れとなり戦闘が行うことができない状況を招くことになる。ここで19世紀までと逆転することになる。

 

3 補給計画

 兵の展開,物資の運搬に必要な道具も時代によって異なる。18世紀までは,徒歩や馬,船だったのに対し,19世紀は鉄道が,続く20世紀はそれらにトラックが登場した。補給の目的は,正しいときに正しい場所に食糧や物資を送ることだ。そのために使用可能な運搬方法や道路の状況,過不足なく,効率的に行うことができるかということも考えなければならない。ここで取り上げるのはロンメルのアフリカ侵攻とオーバーロード作戦(ノルマンディ上陸作戦)である。

 ロンメルのアフリカ侵攻が失敗したのは,補給の困難さだと言われていた。しかし,詳細に検討してみると作戦に必要なだけの物資がドイツ支配下の港に届いていることが分かる。ではなぜ失敗したのか。それはロンメルが前線を広げすぎたためだ。当時ドイツが所有していたトラックで運搬可能な距離以上に進軍してしまい,継続して補給を受けられない状況を生み出してしまった。したがって作戦失敗はロンメルの指揮ミスだと言える。

 オーバーロード作戦は二年以上かけ練られた作戦で補給に関しても注意が払われていた。どこに拠点を置くか,港で十分に収容できるか,物資をどの順番で船から港へと移すかなど詳細に厳密に決められ,作戦は順調に進むかと思われた。しかし,実際は物資の優先順位を厳密に決めすぎたために港へ移すだけでも渋滞してしまい立案時とかけ離れてしまった。作戦を遂行するのは人間であり,そこにクラウゼヴィッツのいう「摩擦」が生じる余地があるが,その点を考慮に入れず厳密な作戦立案した時点で破綻してしまった。その後の作戦はパットン将軍の英断で進むことになる。

 

感想 

  作戦立案と補給に関する限りでは,人間の知性が大きなウェイトを占めるが,その実践には決断力や柔軟な思考といった個人の資質が問われる。最後の最後で作戦の可否を決めるのが人間の知性ではない部分だと説く本書の意義はどんなに完璧だと思われる計画でもミスが起こるのだから,失敗やミスですら包摂した計画にする必要性とその実践には人間力が必要になることを示唆したことだ。

 補給において,船舶が大きな役割を果たす限りアメリカが海洋支配を維持していくのだろうと思った。無人兵器が戦場に出ても補給の重要性は変わらず,将来においても本書の重要性は変わらない。