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徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

ナショナリズムは近代の産物である 書評『民族とナショナリズム』

書評
あらすじ      著:アーネスト・ゲルナー
「近代世界の形成と再形成とに果たした力は明白でありながら、それに取りつかれていない人間には依然として他人事で理解不可能なままにとどまっているナショナリズム」、その本質は何か、この難問に、英国哲学界の巨人ゲルナーが、政治社会学社会人類学などの該博な知識を駆使して解明を試みる。

 どんな本か?

 ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』と並んでナショナリズムに関する古典であり,その起源を産業化の必要性に求める。

概要

定義

 ナショナリズムを「政治的境界線と民族的境界線とを一致させようとする政治原理」と定義する。特に支配者・指導者と被支配者との民族が一致しない場合に独立するなどの手段を取ることでこの不一致を解消しようとする。この政治的境界線とは国家を表すが国家もまた不明確な概念である。そこで国家をマックス・ウェーバーの定義から出発し秩序の維持を専門的に司る制度,その集合体であるとする。また民族を同じ文化に属し,相互に同胞だと認知することだと定義する。

ナショナリズムと社会

 ナショナリズムはいつ誕生したのか。社会を農耕社会と産業社会とに二分して考えていく。農耕社会での格段の進歩は文字の発明である。文字によって文化の保管・集積と集権化が始まった。司祭といった読み書きのできる専門家が特権階級を成し儀式に使う使う聖なる言語などで他の階級とは隔たりを生じさせることにより権威を維持し他の階級もカーストなど多様な共同体を構成した。この段階ではまだ小規模な共同体しか存在せずしかも各階級が隔絶しているのでナショナリズムは存在していない。

 次に産業社会では,産業化が進み,国民に求められる知的水準が高くなったことで,教育を施すインフラを整備できる機構が国家しか考えられなくなった。規模やどの地域でも画一的な水準にする必要があるからだ。以前の労働は自然との関わりであり単独では何も成しえず共同体との協力が必須だった。しかし,機械の発達により労働の比重が機械の操作に移り,一人でこなすようになった。機会の操作に必要なマニュアルを読むことが教育の目的の一つに労働者の育成の基礎として読み書き能力が加わった要因だ。そして教育を受け進路を定めることに出自が重要性を失うにつれ社会の流動性が高まっていく。教育により基礎能力があるので一定の訓練をするだけで容易に異なる職に就くことができた。ここで人間は否応なく労働からも共同体からも距離を取ることになり,拠り所を失うに至った。そこで新たな拠り所として大勢の人間と共有している,自分の所属する民族・国家が選ばれた。ナショナリズムの誕生である。

 感想

  近代の産物として生まれたナショナリズムは民族・国家への拘りである。現代のグローバル化の進展で国家の境界が従来よりも曖昧になりつつあるのならナショナリズムは弱まっても良さそうではある。しかし,現在はむしろナショナリズムが強まっている傾向を示している。文化・国家を中核にするナショナリズムグローバル化は相性が悪く,グローバル化が文化の多様性を残しつつもある程度文化の画一化を強いるものだとすれば,現在のナショナリズムが隆盛を極める状況はグローバル化に抗う運動なのかもしれない。