徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

ソシャゲーは人間の心理をついている 『予想どおりに不合理』(ダン・アリエリー)

  行動経済学を知る格好の入門書です。

内容(「BOOK」データベースより)

「現金は盗まないが鉛筆なら平気で失敬する」「頼まれごとならがんばるが安い報酬ではやる気が失せる」「同じプラセボ薬でも高額なほうが効く」―。人間は、どこまでも滑稽で「不合理」。でも、そんな人間の行動を「予想」することができれば、長続きしなかったダイエットに成功するかもしれないし、次なる大ヒット商品を生み出せるかもしれない!行動経済学ブームに火をつけたベストセラーの文庫版。

 1.行動経済学とは 

 行動経済学を筆者は次のように定義しています。

伝統的な経済学では、人々は合理的、理性的な判断のもとに動くことを前提としています。しかし、行動経済学ではそういう前提を持ちません。人々をさまざまなシチュエーションに置いて、どのように行動するかというのを実験しています。

 実際に実験してみると、「人々は不合理な判断や動きをすることが多い」と分かってきました。「なぜそういう動きをするのか」を探って、ビジネスや政治、個人的な活動の向上のために生かすのが行動経済学です。*1

 本書でも様々なシチュエーションを用意して人がどのような行動をするのかを明らかにするユニークな実験が紹介されています。人はどのような場面なら不正を働くかを調べる実験では以下の場面設定を行います。被験者を3グループに分け、それぞれ一般教養のテストを解いてもらい、監督官に解答用紙を渡し、テストの出来に応じてお金を報酬として受け取ります。第一グループは、普通にテストに臨みます。第二グループは、正答の書かれたマークシートに気付きテスト結果の改竄が可能な状況に置きます。第三グループは、解答用紙以外の用紙は自由に処分してよいこととして、完全犯罪が可能な状況に置きます。被験者は不正をしたのでしょうか。また、不正をしたとしたら完全犯罪が可能か否かで結果は変わるのでしょうか。結果として、被験者は不正を犯しました。しかし、意外だったのは第二、第三グループで不正の程度が同じだったことです。

 

2.行動経済学的に見たソシャゲー

  ソシャゲーの基本的な特徴として、

①基本料金無料
②確率ガチャによってキャラクターやアイテムを獲得する
③キャラクターを育成してゲームを有利に進める

が挙げられます。 

①基本料金無料
 無料の威力は多くの人が体験しています。筆者は2つのチョコが有料と無料とで人々にどのような影響を与えるのかを検証します。一度目は、どちらも有料で、二度目は同じ値段だけ値下げし片方を無料にしました。格安で特別なリンツのトリュフを手に入れる機会とありきたりなチョコを無料で手に入れる機会、どちらに人々が殺到するかを実験しました。実験では、69%の人が無料のチョコを選びました。おもしろいのはチョコが無料ではないときはリンツのトリュフを73%の人が選んでいたことです。無料になった途端に相対価格は変化していないのにもかかわらず、魅力的な商品になったのです。

 「無料」は人々を惹きつけます。多くの娯楽が有料の中でソシャゲーの基本料金無料はそれだけで、魅力的な商品だと人々に思わせることになります。

 

②確率ガチャ

 ソシャゲーではゲーム内のアイテムでガチャを回しキャラクターやアイテムを回します。*2一例として、Fate/Grand OrderFGO)のガチャ確率を見ます。最高レアのキャラクターで1%となっています。個別の確率では、特定キャラの出現確率が上がるピックアップ期間で対象キャラが0.7%、それ以外のキャラが0.016%となっています。

 行動と報酬の関係を説明する実験を紹介します。お腹をすかせたラットを2匹用意し、レバーのある区画にいれます。レバーを押すと餌が出る仕組みとなっており、レバーを押すという行動と餌を貰えるという報酬の関係性を調べます。一方の区画のレバーは一定回数レバーを押すと餌が貰え、もう片方はレバーを押すとランダムに餌が貰えます。前者を定率強化スケジュール、後者を変率強化スケジュールと言います。報酬を得るのに規則性がある場合とない場合にラットはどちらのほうが熱心にレバーを押すのでしょうか。結果は、後者の報酬がいつ手に入るのか予測できない変率強化スケジュールのラットのほうがレバーを押しました。また、餌が出なくなってもラットはレバーを押し続けました。

 いつ報酬が得られるかわからないところにガチャをはじめギャンブルの魅力があります。*3いつも9回ガチャを引くとハズレが、最後の1回に当たるが来ると確定しているガチャがあったとしたら今ほど熱狂していたでしょうか。

 

③キャラクターの育成

 再びFGOを題材にします。FGOでは、星5キャラクターをレベル1からレベル90まで上げるのにレベル上げ用の素材を377枚*4、育成用のアイテムや素材、ゲーム内マネーが必要になり、さらにゲームを有利にするスキルを上げるのにも素材やお金が必要になります。要求数の割にドロップ率が低いことと相まって育成に時間がかかります。

 人の特性の1つに所有意識があります。何かに打ち込めば打ち込むほどそれに対する所有意識は強まっていきます。所有意識が強いほど愛着を持ちますし、所有意識の対象に対する評価も他人より高評価になります。キャラクターの育成や頻繁なイベントによってゲームに熱中するほどゲームを高く評価することになり、良い評判を生む下地ができます。

 

3.人間の不合理さを知ることで行動を改める
 予測できる不合理は対策を講じることで、より良い生活を送ることができます。メールチェックが変率強化スケジュールによるものなら、メール受信が反映される時間を設定して特定時間以外にはメールが更新されないようにするなどがあります。

*1:

行動経済学は社会を変えられるか?――イグノーベル賞教授ダン・アリエリー氏に聞く (1/4) - ITmedia ビジネスオンライン

*2:ガチャを回す用のアイテムはゲーム内で入手するかリアルマネーで購入する

*3:筆者はSNSやメールを頻繁にチェックすることもこの変率強化スケジュール、予測不可能性が働いていると見ています。

*4:専用のクエストを一回クリアする報酬は最大9枚

物理学者が起こした革命 『ウォール街の物理学者』

 基本読書*1の記事で触れられており、金融と物理学の組み合わせに惹かれて手に取りました。

 

ウォール街の物理学者 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ウォール街の物理学者 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

内容(「BOOK」データベースより)

物理学・数学のエキスパートでありながら、コンピュータと理論を武器にウォール街を席捲した“クオンツ”たち。金融界にとっては異分子の彼らが、なぜ破格の成功を手にしたのか?「予測不能なもの」との知的格闘が、八方ふさがりの危機に突破口をひらく!

 

1.株式市場は予測可能なのか
 株式投資で大きな利益を得るには、将来値上がりする株式を購入する、現在よりも株価が下がる株式を対象に空売りする、という方法があります。いずれにしても株価が現状よりも上がるのか、それとも下がるのかを予想しなければなりません。株価の変動を予測することができれば利益を手にします。一方で人の判断で価格が上下する株式市場において予測は無意味だというのが大方の見方でしょう。ウォール街に乗り込んできた物理学者(クオンツ)は、株価の予測は可能なのかという難問に挑んでいきます。

 

2.仮説と検証

 物理学者が抽象的思考力や数学に長けている以上に物理学の方法論をウォール街に持ち込んだことが革新的でした。それが、仮説、モデル、検証、修正の一連のプロセスです。クオンツの先駆けであるルイ・バシュリエは、株価は正規分布に収束しする、株価がどう変動するのか予見することはできないとするランダムウォーク説を基礎づけました。これに対して、オズボーンが正規分布を描くのは株価ではなく株価収益率だと実証し説の修正がなされました。また、ランダムウォーク説に対してもバシュリエは株価の変動は五分五分だと前提にしていたのを、実際の市場の動きは株価が上がったときはより上がりやすく、株価が下がったときはより下がりやすいことを示しました。

 仮説の検証に現実を単純化したモデルを使い、得られた結果から前提条件の見直しやより複雑な状況に応ずるモデルの作成と、絶えず理論の精緻化が図られます。

 

3.モデルを使うのは人間

 本書は2008年の金融危機を受けて執筆されました。当時は金融危機の原因を作ったのは難解な理論を作り様々な金融商品を生み出したクオンツだと非難がありました。非難に対して、筆者はクオンツがいなければ金融業を中心にした現在のアメリカの繁栄はなかったとし、またあらゆる状況にモデルを適用させようとした者に原因があると言います。モデルは特定の状況を想定し作られ、状況が変わればモデルも変えなければなりません。それにもかかわらずひとつのモデルに固執し続けた点が誤りだったと、総主張します。サブプライムローンではモデル上では一人のデフォルトが他人のローン返済に影響を与えないという前提で金融商品が作られました。現実には、支払いが滞った人の増加するほどローン担保にしていた住宅が市場に出て価格の下落を引き起こし、価格の下落がさらなるローン返済を困難にする悪循環を招きました。

 完全なモデルができない以上は検証に耐えられなかったモデルを捨て新たなモデルを作る必要があります。モデルの刷新を怠った帰結が金融危機であり、この点に留意せずクオンツを悪者に仕立て上げることは原因を見誤るだけでなく、将来の危機を予見する手立てを失うことにもなります。

 

 

 

あるがままの現実を捉える Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

  ビル・ゲイツ氏のブログにこの本を読んでから発展途上国という表現を使わないことに決めた、とありその理由を詳しく知りたいと思い本書を手に取りました。

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

 

  本書は人々の世界認識が歪んでいることを示した調査結果から始まります。人間は世界について正しく理解しているどころかバイアスによって実態よりも悲観的に世界を見ているといいます。質問の一部は以下の通り、

  1.  世界中で何割の少女が義務教育を終えるか
  2. 世界人口の過半数はどの程度の所得レベルの国々に住んでいるか
  3. 今日の平均寿命は何歳か
  4. 将来の極貧人口は増加するかどうか

これらの質問に対して各国の正答率は軒並み低く30%を切っていました。この結果は何も知らないチンパンジーのほうが正答率が高かったとして報道もされました。筆者は事実に反した世界認識の原因を人間が誰しも持つ10の思考の癖に求め、その対処法を本書で提示します。

10の思考様式

  1. 二分法
  2. 悲観主義
  3. 直線的理解
  4. 恐怖心
  5. 規模感
  6. カテゴリー分け
  7. 諦観
  8. 責任追及
  9. 単眼思考
  10. 緊急性 

 冒頭のビル・ゲイツ氏の記事は1の二分法と関わります。私達はよく先進国と発展途上国の2つに世界を分けて考えがちですが、それは実態に即していない過去の世界だと筆者は指摘します。

 

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上図は縦軸に平均寿命、横軸に所得がプロットされています。平均寿命が長く、所得も大きいほど右上に、その逆は左下に集まります。右上に近づくほど発展していると言えます。1967年時点では所得レベル1とレベル2に多くの国が属していたことがわかります。

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時は進んで2018年。多くの国が所得レベル2,3に集まっており、先進国と発展途上国という枠組みがもはや現実にそぐわないことが、上図から見て取れます。そこで、筆者は過去の枠組みに代えて所得に応じて四段階に分けることを提唱します。所得レベル1から2へ、2から3、と経済発展の度合いを比較することが可能になります。

 

 本書では、先進国と発展途上国のように実態と人々の認識の乖離がなぜ起きるのかまで解説されているので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。画像はGapminder*1からお借りしました。同サイトは筆者が率いていた組織の公式サイトで、factfulnessを発信しています。引用したバブルチャートだけでなく各所得レベルでの暮らしぶりの画像、調査に使われた質問なども見ることができます。

 

 

 

【感想】忘れられた戦争 『第一次世界大戦 忘れられた戦争』(山上 正太郎)

本書を手にとったきっかけ 
 中国進出の足がかり、後に米国との対立を生むことになった日本にとっても意義深い戦争だった割にはよく知らなかったからです。

 

第一次世界大戦 忘れられた戦争 (講談社学術文庫)

第一次世界大戦 忘れられた戦争 (講談社学術文庫)

 

 

内容(「BOOK」データベースより)

一九一四年夏、「戦争と革命の世紀」が幕を開けた。交錯する列強各国の野望、暴発するナショナリズム、ボリシェヴィズムの脅威とアメリカの台頭…。ヴィルヘルム一世、ロイド・ジョージ、クレマンソー、レーニン、ウィルソンら指導者たちは何を考え、どう行動したのか。日本の進路に何をもたらしたか。「現代世界の起点」たる世界戦争を鮮やかに描く。  

 

 

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【感想】小説という名の現実/「ボラード病」

日本を舞台にしたディストピア小説だと聞いて読みました。

 

ボラード病 (文春文庫)

ボラード病 (文春文庫)

 

 あらすじ

B県海塚市は、過去の厄災から蘇りつつある復興の町。
皆が心を一つに強く結び合って「海塚讃歌」を歌い、新鮮な地元の魚や野菜を食べ、
港の清掃活動に励み、同級生が次々と死んでいく――。

(内容「BOOK」データベースより)

 

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