徒然なるままに読書

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物理学者が起こした革命 『ウォール街の物理学者』

 基本読書*1の記事で触れられており、金融と物理学の組み合わせに惹かれて手に取りました。

 

ウォール街の物理学者 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ウォール街の物理学者 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

内容(「BOOK」データベースより)

物理学・数学のエキスパートでありながら、コンピュータと理論を武器にウォール街を席捲した“クオンツ”たち。金融界にとっては異分子の彼らが、なぜ破格の成功を手にしたのか?「予測不能なもの」との知的格闘が、八方ふさがりの危機に突破口をひらく!

 

1.株式市場は予測可能なのか
 株式投資で大きな利益を得るには、将来値上がりする株式を購入する、現在よりも株価が下がる株式を対象に空売りする、という方法があります。いずれにしても株価が現状よりも上がるのか、それとも下がるのかを予想しなければなりません。株価の変動を予測することができれば利益を手にします。一方で人の判断で価格が上下する株式市場において予測は無意味だというのが大方の見方でしょう。ウォール街に乗り込んできた物理学者(クオンツ)は、株価の予測は可能なのかという難問に挑んでいきます。

 

2.仮説と検証

 物理学者が抽象的思考力や数学に長けている以上に物理学の方法論をウォール街に持ち込んだことが革新的でした。それが、仮説、モデル、検証、修正の一連のプロセスです。クオンツの先駆けであるルイ・バシュリエは、株価は正規分布に収束しする、株価がどう変動するのか予見することはできないとするランダムウォーク説を基礎づけました。これに対して、オズボーンが正規分布を描くのは株価ではなく株価収益率だと実証し説の修正がなされました。また、ランダムウォーク説に対してもバシュリエは株価の変動は五分五分だと前提にしていたのを、実際の市場の動きは株価が上がったときはより上がりやすく、株価が下がったときはより下がりやすいことを示しました。

 仮説の検証に現実を単純化したモデルを使い、得られた結果から前提条件の見直しやより複雑な状況に応ずるモデルの作成と、絶えず理論の精緻化が図られます。

 

3.モデルを使うのは人間

 本書は2008年の金融危機を受けて執筆されました。当時は金融危機の原因を作ったのは難解な理論を作り様々な金融商品を生み出したクオンツだと非難がありました。非難に対して、筆者はクオンツがいなければ金融業を中心にした現在のアメリカの繁栄はなかったとし、またあらゆる状況にモデルを適用させようとした者に原因があると言います。モデルは特定の状況を想定し作られ、状況が変わればモデルも変えなければなりません。それにもかかわらずひとつのモデルに固執し続けた点が誤りだったと、総主張します。サブプライムローンではモデル上では一人のデフォルトが他人のローン返済に影響を与えないという前提で金融商品が作られました。現実には、支払いが滞った人の増加するほどローン担保にしていた住宅が市場に出て価格の下落を引き起こし、価格の下落がさらなるローン返済を困難にする悪循環を招きました。

 完全なモデルができない以上は検証に耐えられなかったモデルを捨て新たなモデルを作る必要があります。モデルの刷新を怠った帰結が金融危機であり、この点に留意せずクオンツを悪者に仕立て上げることは原因を見誤るだけでなく、将来の危機を予見する手立てを失うことにもなります。