徒然なるままに読書

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独裁への道/映画「THE WAVE ウェイヴ」

 現代で再度ファシズム全体主義に飲み込まれることがあるだろうか。そんな疑問に答えるのが映画「THE WAVE ウェイヴ」だ。舞台はドイツ。独裁政治を学ぶ演習にて起こった。以下、独裁と全体主義とは特に区別していない。

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 あらすじ

自由な雰囲気で生徒に慕われるベンガー(ユルゲン・フォーゲル)は、校長の要請で独裁制の授業を担当することに。あまりやる気のない生徒に、「発言するときは挙手して立つ」など独裁制の実験を取り入れようと提案。しかし、ベンガーの予想を超え、独裁制に魅了された生徒たちは、学校外でも過激な活動をするようになり……。

 

独裁のレシピ 

 いかに集団を組織するか。映画では以下の手順を踏んでいく。
  ①リーダーには敬意を払う(ベンガー様と呼ばせる)

  ②規律を作る
   ・足踏み
   ・制服の採用
   ・集団名・ロゴの作成

   ・敬礼
  ③許可なしに発言はできず発言時には起立する
 ①②③を徹底するうちに集団への帰属意識が芽生える。リーダーをトップに、それ以外の構成員を平等に扱うことで、階層による秩序*1ではなく同心円状の秩序が生まれる。*2

 

 独裁への陥穽

 映画のなかで生徒が答えていたように、ドイツで全体主義が広まった原因には高い失業率、政治への不信、敗戦の衝撃など経済的社会的不満が背景にあると考えられている。ところが、今回の生徒は自由主義のなかで育まれ、特に目立った不満もない。本人たちも今日では独裁やナチズムなどあり得ない、その危険性は十分承知していると語る通り全体主義が何たるかを知っている。この条件下で独裁は起こるのか。

 

 生徒はベンガーの提案にゲーム感覚で、あるいは好奇心から参加していく。この過程で合わない生徒が抜け、どんどん集団の純度が上がっていき、遂には町中にロゴをまいたり、授業以外にも集団で行動し始める。そして、活動はどんどん過激になっていく。

 

 結局のところ、1つの集団を全体主義へと傾斜させるには簡単なステップを踏めばいいことが分かる。被支配者たる生徒が過激な行動を取る一方で、支配者たる教師も次第に独善的な態度を授業外でも取り始める、と指導者にもその影響が及ぶことが描かれる。被支配者と支配者、その両方に影響を及ぼすこと、集団をコントロールする術を失っていく様でもある。

 

史実とのリンク

 映画では集団の組織→集団の拡大・先鋭化→暴力騒ぎ→集団の解散→殉死者が現れる、という構成になっている。これは現実でも同じで、ナチズムを例にすると、
ナチズム運動の開始→運動の拡大・急進化→欧州大戦→敗戦→殉死者、と規模は違えど、同様に展開している。

 

 集団に過剰に同化した者は運動がその者の世界観となり、その世界の崩壊に耐えられず、自殺してしまう。この自殺はドイツだけでなく日本でも見られたようである。

 

元となった実話

 1969年のアメリカ。ある高校教師が授業でナチス全体主義を扱ったところ、生徒にはなぜナチズムに従ったのかが理解できなかった。そこで、教師は授業内でこまごまとしたルールを取り入れる試みをした。それに生徒もゲーム感覚で臨み、次第にのめり込んでいく。

 生徒は教師が作ったルールだけでなく、独自のルールを導入しては自身を縛るなど積極的に自由を差出すようになる。また授業後もこの集団のルールを順守し、集団に入らない者、拒む者を排除するようになり、この動きが学校全体にも及ぶにつれ、教師が止めに入ることで収束した。

 

教訓

 全体主義は過去のものでなく容易に現代に蘇え得る

 

他に心理実験を行ったものとして

 

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*1:指導者を頂点とした三角形を描く

*2:リーダーが中心に位置し、他の構成員が囲む形になる