徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

バラマキは正しい経済政策である 書評『ベーシック・インカム - 国家は貧困問題を解決できるか』

 

 あらすじ
単純に考えてみよう。お金がない人を助けるにはお金を配ればよいのではないか。格差と貧困を解消し生活の安心を守るための処方箋とは

 

 

どんな本か?

  国民に現金を給付するという単純明快な政策ベーシック・インカムについての入門書。日本型社会保障,ベーシック・インカムの思想,想定される批判とその反論が主な内容となる。

 

概要 

 1 日本型社会保障

 日本の社会保障は企業を通じて行ってきた。年金,医療保険,雇用保険は1960年代ごろから整備され始めるが,その原因として活発化していた共産運動の対抗策,高度経済成長の最中で企業が潤沢な資金を持っていたことが挙げられる。企業が社会保障を担うことは相応の負担ではあるが,社員を手厚く保護することで社員の忠誠心を涵養し,解雇のしにくさもあって終身雇用制を形成した。

 企業が社会保障を担うことは,企業の正社員ではない人々にとって十分な保護を受けることができないことになる。そのような人々こそ社会保障は必要だが,これまで社会保障を必要としない人々は社会保障が充実し,そうではない人々は満足に社会保障を受けることができないという矛盾に陥ることになった。正社員と非正規社員とで社会保障福祉の面で格差が生まれた。そしてこの格差は非正規社員が女性が主だった時期には一家の大黒柱たる夫の十分な収入があったので表面化しなかった。しかし,金融危機で男性の非正規社員が増加してくるにつれ問題となった。

 そこで筆者は社会保障の担い手を企業から国家に変え,国民全員に現金を給付するベーシック・インカムを提唱する。

 

2 ベーシック・インカム

 日本型社会保障の問題点は企業が主な担い手だったため,企業に属さない人々には十分な社会保障にアクセスすることができないことだった。現代で先進諸国は福祉国家を自称してもしていなくともその要素を含んでいる。日本では憲法25条の生存権規定があり,他国でも同様だ。制度として生活保護があるが,日本の特徴として給付額は高いけれども受給対象者が少ないという点がある。他の制度を見ても貧困を撲滅するには至っていない。いずれの制度も受給には要件が定められている。

 ではベーシック・インカム(BI)はどうか。その要件は日本国民であることとBI用の口座を持つことだけだ。政府が国民を対象に給付するので,社会保障の網から漏れる人はいなくなる。その効果は様々に考えられる。例えば,ブラック企業対策。日本はワーキングプアが多く,働きながらも貧困に喘ぐ人もいて,とにかく働かなくては満足な社会保障もない現状では労働条件の悪いブラック企業でも無理に働こうとする。けれども,ベーシック・インカムによって最低限の所得保障があれば,無理に働こうとせず,人を使い捨てるブラック企業は条件を改善しなければ人を集めることが困難となり,労働条件の改善に繋がる。次に景気対策。月々の一定の所得は一時的なボーナスと違って貯金に回さず消費へと回される。多くの人の消費が増大すれば景気を刺激することにもなる。

 

3 批判と反論

 ベーシック・インカムに対する批判は大きく分けて二つある。一方は最低限の所得給付が労働意欲を阻害するというもの,他方は給付を実現する財源についてだ。

 給付が労働意欲を阻害するという批判は労働を美化している。筆者が想定した月額7万円の給付で生活でき,それで満足なら無理に働くこともなく,それ以上の贅沢をしたければ働けばいい。企業で働くという枠をはめず,芸術家や哲学者,バンドマンなど個人にあった生き方を実現することができる。関連して企業が賃金を抑制するという懸念には,最低賃金制度や労働市場が解決する。

 給付の財源について。筆者は所得税,年金,雇用保険などの社会保障費を財源とすることを想定し,その上限で7万円とした。もちろん,課税率を上げたり,他の財源を流用すれば給付額は増加する。

 

感想

  なにかと批判されがちなバラマキ政策を貧困対策とみなし,現金給付という究極形であるベーシック・インカムを肯定する本書を読むと実現できるのではという気になる。現行制度で貧困対策が功を奏していない以上,ベーシック・インカムは一考の価値はあるが,実際に導入するとしたら,初めは少額の給付から始まり社会保障費の削減と並行して給付額が増加することになるのだろうか。

 社会保障の一元化でもあるベーシック・インカムは小さな政府を志向するのかと考えていたが,給付に加え現行の規制なども政府は行っていくのだからむしろ大きな政府寄りになる。