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徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

ルソーの思想 書評『世界の名著〈第30〉ルソー』

 

 

どんな本か?

  平岡昇氏によるルソーの思想と作品についての解説とその著作から成る。収録作品は学問・芸術論,人間不平等起源論,社会契約論,エミールである。

 

概要

1 人間不平等起源論 

 ルソーは社会が成立する以前の自然状態を平和が保たれているとする。しかし,人類が協力していたというよりむしろお互いに孤立していたこと,強く関心を抱かなかったことに由来する。人々は自身の欲求に従って日々の暮らしを送るのであり,その時点では私有財産制度もなく人々は平等であった。人々は自然のままに生活していたのである。

 しかし,一度知識を付け始めると欲望が芽生え誰からでもなく私有財産制が起り,その日暮らしの生活から将来を見据え溜め込み食糧が豊富に取ることのできる土地を持つ者とそうでない者とで不平等が起こる。また食糧生産に関する知識の有無が生産性の格差へと繋がり,結局は私有財産制と知識が人間の不平等の根幹を成すことになる。

 

2 社会契約論

 人々がある程度の規模の集団を構成すると裕福な者は財と生命を守ってくれる強者を,そうでない者は生命を守ってくれる者を求める。その者へ全員が自身の権利を譲渡することに同意したので譲り受けた者は他者と比べ強権を得る。これが政府である。譲渡した者達は誰も権利を有せず平等であり,政府の決定に従うこととなる。政府に権限を譲渡するのは政府が人々の財産や生命を守ることを約したからであり,その約に反する場合には人々は現政府を廃し新たな政府を全員の同意を以て創出する。これが革命権である。この革命権がフランス革命の理論的根拠となり,フランス革命,ナポレオンの登場と世界史に衝撃を与えていく。

 人民の契約によって誕生した政府が人民の財産や生命を圧迫するとはどういうことか。ルソーは集団の意志を一般意志と特殊意志に大別する。一般意志は,集団全体が幸福になるよう公共の福祉を第一に優先させるが,特殊意志はある集団の利害を第一に意思決定を行う。フランス革命の例では,聖職者や貴族といった特権階級を代表する特殊意志が政策を決定し一般意志が後退してしまったために集団全体の福祉を第一とする一般意志の復権となる。一般意志は集団全体の利害を代表するために誤ることのない無謬性を有し,どんな人民でも集団の一員なので一般意志が破壊できず,ただ後退することになる。

 

3 エミール 

 生まれたときから教育は始まっているとし,仮想の孤児エミールにどのような教育を施すかについての教育論。その目的は理性的な人物を育てるのではなく自然のままに育てることだ。早くから学問を始めることへの批判として田舎で伸び伸びと育てることに主眼を置いている。それは子供の必読書として「ロビンソン・クルーソー」を挙げることにも表れている。無人島でも苦なく生活できるよう生活の術を身に付けることを奨励する。エミールとともに農業を行い,そこから所有の概念や労働など必要な部分を身を以て体験させる。また農業だけでなく工業も実際に手で作ることを勧めている。学問においても,例えば地理ならば地図や地球儀で学ぶのではなく実際にその地形を見て観察するなど体験を非常に重視していることが分かる。成長し学問をすることになってもルソー流の教育によって肌に感じた経験を基に考えの起点とする。

 

感想

  ルソーは自然に帰れという標語で知られている。私有財産制や知識を必要とする現代社会は人間本来の在り方とは異なるという主張から来るのだが,この主張に中国の老荘思想,とくに老子との共通点があるように思えた。老子は自然のあるがままを尊重しその思想は無為自然と呼ばれるようになった。自然に逆らわずにその日暮らしでも生活することができるのなら私有財産制などは必要なく人々の欲望も暮らしを送ることができる程度で済み,他人と比べることが無意味になる。その点がルソーの自然状態とマッチする。『エミール』で示されたように他者と積極的には関わらず田舎で自然のままに育てることがルソーの教育論だった。

 ルソーは敬虔なクリスチャンだったが晩年には自然宗教に改宗した。人工物であるキリスト教から自然を敬う自然宗教への宗旨替えは論文を発表してから時代の寵児となったルソーの慌ただしい生活環境の変化への癒しや自身の理想とする自然状態を実践しようとする試みなのかもしれない。