徒然なるままに読書

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全体主義の変遷を辿る 書評『全体主義』

あらすじ         著:エンツォ・トラヴェル
ファシズムナチズムスターリニズムを、一括りに“全体主義”と呼ぶことは、いったい何を隠蔽することになるのだろうか。二十世紀の論争史を繙きながら、玉虫色に姿を変える“全体主義”の概念と、その背景、そして知識人たちの生きざまを描く。二十世紀を読み解くカギは、“全体主義”にある。

 どんな本か?

 二十世紀を振り返り過去を理解するために現れるキーワードは全体主義であるが,その内容は曖昧であり主張する人間の立場によっても姿を変えてきた。本書はそのような全体主義の概念史である。

概要

出発点 と変遷

  全体主義という語が登場したのは1923年であり,イタリアのムッソリーニが率いるファシスト体制の告発であった。次いでナチス=ドイツに対する非難であり,第二次世界大戦後の冷戦期にはスターリニズムの非難として用いられた。第二次世界大戦期には同盟国だったソ連を擁護しドイツを非難する語だった全体主義が戦後にはドイツを含めた西洋諸国を擁護しソ連を非難する用語となり政治状況を色濃く反映している。

ナチズムスターリニズム

 全体主義として同視されやすい両者だが,その内実は大きく異なる。第一に,体制の存続性だ。ナチズムは大衆の熱狂的支持を扇動しその基盤を以て民主的プロセスを経て独裁へと上り詰めたが,それはヒトラーのカリスマ性故であった。よってヒトラーの死後急速に瓦解した。対してスターリンは支配をカリスマ性によってではなく体制権力を通じて行い,その道具となった体制を支えた権力機構はスターリンの死後も存続し,結果として体制を長期に渡り支えた。第二に,目的と手段との関係である。ナチズムは近代技術と神話とを組み合わせ,千年帝国とユダヤ人の絶滅という非合理的な目的にガス室に象徴される近代技術を集めた合理的手段を以てあたった。ではスターリニズムはどうか。近代化という合理的な目的のために諸々の非合理的な手段を以てその遂行を目指した。この違いはナチズム絶滅収容所スターリニズム強制収容所にも表れている。絶滅収容所はただ殺人のために建設されているが,強制収容所は一定の経済的目的があった。

感想

  自由主義の土壌から現れた全体主義とそれが齎した凄惨な結果,政治状況が全体主義に関する議論をより混迷に陥れた印象を受ける。日本でも全体主義化が叫ばれているが,それには社会を覆う一つのイデオロギー計画経済などかけている部分があり,ここでも全体主義という概念の不明確性を見て取れる。フリードリヒとプレジンスキによる全体主義に必要な6要素は以下である。
1,社会をおおいつくすイデオロギー
2,独裁者が君臨するピラミッド構造の唯一の党
3,秘密警察による恐怖
4,メディアの独占(ラジオ、新聞、映画)
5,暴力の独占
6,中央計画経済

戦中の日本で多くの要素を兼ね備えていたことがわかる。しかし,現在はどうだろうか。