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徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

獄中で考えた政治の転換 書評『獄中記』

あらすじ    著:佐藤 優
微罪容疑によって逮捕、接見禁止のまま五一二日間勾留された異能の外交官は、拘置所のカフカ的不条理の中で、いかなる思索を紡いでいたのか。哲学的・神学的問いを通して難題に取り組んだ獄中ノート六二冊。文庫版書き下ろしの新稿では小沢氏秘書問題を独自分析。また、独房の「所内生活の心得」を初公開する。

 どんな本か?

 外務省のラスプーチンとまで呼ばれた外交官佐藤優が逮捕から釈放までの512日間にどう過ごしたか,なにを考えたかを克明に記した。北方領土絡みのロシア分析から外交官の在り方,神学まで幅広く思想の歩みを描いている。

 

感想

 まず筆者が逮捕されたことに関する評価は置いておき拘置所のなかで徹底的に学術書や語学書を読み込んでいたことに驚いた。本書を読んで抱いた感想は3点あるので以下記述していきたい。

1 経験から培われた覚悟

 普通は逮捕されたことに動揺し自身の進退や将来について不安が過りそうなものだが,泰然としている。この点筆者は外交官時代の貯蓄が多少なりともあること,たとえ外務省を追われても生計を立てる手段を講じる用意があったことを挙げているが,なによりも筆者が言うようにソ連時代の政治闘争や崩壊に伴う混乱で明日に名誉があるとも知れない光景を目の当たりにしたため明日には失う覚悟ができていたのだろう。

 

2 国策捜査

 筆者は自分が逮捕されたことを国策捜査の生贄になったと捉えている。国策捜査とは,まず標的を決めその後に罪を作り上げることとしている。事件がありその後に無実の人が来る冤罪事件とは区別する。そして国策捜査を政治において象徴的な事件により一時代の終焉とけじめをつけ時代の転換を示すメルクマールと位置付けている。筆者は公正分配から傾斜分配へ,社会民主主義から新自由主義へと政治の転換があったと分析している。その人柱として公正分配を旗印に掲げた鈴木宗男議員と議員と懇意にしていた筆者が狙われた。自身が逮捕されたのにもかかわらずその構造を鮮やかに描き切り「国策捜査」という用語が人口に膾炙する契機にもなった。また政治上の転換点がないために小沢議員に関する捜査は国策捜査でもなんでもない捜査と見解づけている。

 

3 知的基礎体力の低下

 日本を覆う問題について筆者は日本全体で知的基礎体力が落ちていることを指摘する。大学で教科書として使われる翻訳本が以前よりも安易な言葉を用いること,本質や構造を掴むことのできる知識人の層が薄くなっていること,外務省においても海外のインテリジェンスエリートと対等に渡り合える外交官や職員が少ないことを挙げている。その理由を考えてみたい。理由として以下のことが考えられる。

  1 大学の大衆化

   大学の数,進学者ともに増加したため従来少数のエリートが独占していた  

  大学教育が一般大衆にも開放されたことによる。また大学在籍時にコミュニ    ケーションツールだった総合雑誌によってなされていた知的訓練がもう廃れ    たこと。教養主義の没落である。

  2 反知性主義の蔓延

   勉学に対する侮蔑感,専門家に対する不信感など。

  3 娯楽の多様化

   以前は数の限られていた娯楽が今ではスマホゲームなどちょっとした空き時

  間でも受動的に楽しむことのできる材料が提供されていて頭を使う場面が減っ   てきている。教育の失敗。

 

 外交官として日本の国益を目標に行動した佐藤優は逮捕後に分筆業へ転身することになる。その礎になっているのは外交官として数々の修羅場を乗り越えた経験であり,読書の成果である。1日に1500頁を読むという驚異的な速度が可能にしている。また記憶に定着させるため1度目は通読,2度目は抜粋や読書ノートを作り3度目は分からない個所を重点的にという3回読むという方法論も編み出している。外交官の仕事,拘置所の生活について,読書術など様々なニーズに対応することができおすすめだ。