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徒然なるままに読書

書評から日々の考え事まで綴ります

書評『方法序説』

書評
あらすじ    著:デカルト
すべての人が真理を見いだすための方法を求めて、思索を重ねたデカルト(1596‐1650)。「われ思う、ゆえにわれあり」は、その彼がいっさいの外的権威を否定して到達した、思想の独立宣言である。近代精神の確立を告げ、今日の学問の基本的な準拠枠をなす新しい哲学の根本原理と方法が、ここに示される。

 どんな本?

 デカルトが書いた著作の序論においてどのような方法で真理に至るか学問にどう向き合うかについてと神の存在証明が大きな柱を成している。生きた時代は協会の権威がまだ残っておりガリレオの裁判やジョルダーノ・ブルーノの火刑などが教会を通じて起きたので教会に対して神経を尖らせていることがよくわかる著作でもある。

 

感想

 学問の祖である哲学でさえ哲学者が説を侃侃諤諤に討論し明確となったものは少ないのに哲学から分かれた学問でどうして法則を見出せるのかと悩み、いったん自身の知識や経験をすべて捨てなにが疑いようのない真実かを探求する。そして有名な「われ思う、ゆえにわれあり」に至りあらゆるものを疑いその存在はあやふやだが思考する自分だけは疑いをはさむ余地のないものだと得心する。これを哲学の第一原理とする。

 方法論として次の4点が挙げられる。

①自分で明証的に真であるであると認めるのでなければ、どんなことも真として受け入れないこと

②検討する難問をできるだけ多く、けれども必要十分な小部分へと細分化すること

③自分の思考の順序に従い解を導くこと。もっとも単純でものの認識から始まりもっとも複雑なものの認識へとランクアップさせていく。

④細部と全体を見直し見落としがないことを確認すること

 神の存在証明

 人間は不完全な存在である。しかし人間は完全性を観念することができる。不完全性から完全性が導けるということは無から有が生じるように矛盾する。人間の内に完全性の萌芽を何者かが蒔いたことで完全性を認識できるようになった。その何者かとは完全性を体現する神でしかありえない。したがって神は存在する。

 

 思考を鋭敏にすることで学問の方法論を樹立したデカルトの遺産は今日の発展の礎になったといえる。現在では当然のことだと感じる人もいるかもしれないがその偉業の一端でも触れることができるその素晴らしさに感謝したい。

 

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